20120902

愛する教え子たちⅡ

 

すでに、アイドル界において定着してしまった『卒業』というシステム。
脱退とか退団といったマイナスのイメージを払拭し、学生時代、誰もが一度は経験したことがあるであろう言葉に置き換えて、前向きかつ成長に欠かせないものとして頻繁に使われるようになり、今ではアイドルユニットにはつきもの。 まさしくシステムとなっている。
私にとっては、かなりさびしい出来事だった、いつも。 メンバー同士の内心も少なからず同じはずだ。

しばらくの間、AKBに関しては口にしてこなかった。。。 いろんなことがあったからね。
今日は、今日だけは少し、語ってみようかな。 だって、前田が、あの前田が卒業したっていうじゃない?
。。。といっても、特に何かを知らされたわけじゃない。 みんなと同じ、ニュースで見聞きしている内容くらいしかわからないのだけど。

 

http://www.natsufun-keyhearts.co.jp/blog/?p=1639

 

さすがに、自分ががっつり手がけて来たメンバーの卒業ともなれば、当然気になる。 それが前向きであるならば「おめでとう」と言いたいし、がんばった分「お疲れさま」と言いたい。
許されるなら本当に直接伝えたかったけど、少し前に、「前田の卒業コンサート、お邪魔して良いですか?」とAKB48のスタッフに尋ねてみたら、気まずそうな表情を浮かべただけで返事は返って来なかった。
かなり長い期間私の助手だった人間が、うちを辞めてのちAKB48に携わっているから、気まずいのかもしれない・・・のかな!?
。。。実は、おかげで、モーニング娘。とAKB48を両天秤にかけている様な、手痛い評判とさりげない圧力に当初苦しんだ。
私はかなり古いタイプの人間で、この業界ではめずらしいと言われるんだけど、義理と人情で生きていたりするので、なんか、両方を同時に手掛けることには気が引けたから、同時進行の時期はない。 、、、ま、、、つらい過去は忘れよう、、、。

ちなみに私がAKBを担当していたのは、本当に立ち上げ当初の2年くらいだ。
振り付けという作業に入る前にまず、取り掛からねばならなかったことは、いわばプロデューサー仕事だった。
いわゆるAKB48という名前も付いておらず、誰がメンバーになるのかをオーディションした。
専用劇場内のステージデザインにたずさわり、出来上がって来た楽曲の歌い分け(だれがどのパートを歌う、誰がソロを取るなど)を決め、
ステージで行われるMC台本も手掛けていた。
時間の限られた中でのクリエイティブ‘創る’という仕事とは別の‘育てる’という仕事。 その両方を全く同時にあの人数にするのはかなりキツかったけど、メンバーの素直さが救いだったし、ユニット立ち上げもさることながら、
ステージそのものをデザインできる =上下(かみしも)に花道をつくり、セリを12面作って、バックはドンデンの鏡にして、端の部分はブラインドに= なんて、
若かりし頃からニューヨーク・ブロードウェイを目指した舞台出身の私にとっては楽しさであり喜びだった。 トータルプロデューサーである秋元さんはそういった立場と役割を私に託してくれた。
私が振り付けしたシングル曲は、サイト内のコリオグラフィページでも見てもらえたら明記してある。 その他には劇場用に100曲弱程の作品を残したくらいだろうか。。。 2年で新曲が100曲だ。 そりゃあ当時からものすごいスピードだった。
私が熟知しているのは、当時チームAだった21名とチームKだった17名、それからチームBからすでに選抜されていた5~6名だ。 立ち上げ当初すぐに卒業生も出たりしたので、人数はすでに多少の動きがあるけど、みんな初々しくて一生懸命で可愛かった。 みんな大好きなメンバーだ。

前田へ
卒業おめでとう。 約7年間お疲れさまでした(^^)
さぞ目まぐるしい日々だったろう。 センターの重圧を見事に自分の力にかえてよくがんばり続けたね。

こんな日だから少し、なつにとっての前田の記憶をたどってみようと思う。 許してもらえるだろうか。
前田で鮮明に覚えているシーンは結構ある。 なんたって当初から、AKBの顔になるやつだったからね。
チームAのダンスの基礎レッスンが始まって、少しずつ差が出始めた中で、前田は順調に伸びて行った。 私が前田によく言っていた言葉は、「前を向きなさい、顔をあげなさい」だった。 「前田? あとお前がやらなければならないことは一つだけ。 前を向くことだょ」と。 1stステージのリハーサル中、前田が時折ふっと顔を上げた瞬間のその透き通った目線が、うつむきがちだった分、かえってとても魅力的に感じたのを覚えている。
今では、何万人の人に向けて、しっかりと目線を届けられている事を私は知っているょ。
休まなかったなぁ、前田は。 初日が開けた途端に、張り詰めていた緊張の糸が緩んで、体調を崩すやつが多かった中で、前田は絶対休まなかった。 休まずステージに立ち続けた。 そこには心底感心したものだ。
『ちょっとだけ全国ツアーまだまだだぜAKB48』の稽古場ゲネの日、ずいぶんと遅刻をしてきた時があったっけ。 マネージャーも連絡がつかないと焦っていたなぁ。 やがてやって来た前田の顔を見て私は、センターの重圧や事務所移籍に悩み苦しんだのだと勝手に悟った、その若い年齢でこの細い体で。 だから遅刻を叱りもせず、遅刻してでも来たことを「よく来たな。」褒めて抱きしめると、私の胸の中で、子供の様に“えーんえーん”って声を出して泣いた。 「辛いこともあるだろう。 それは選ばれた人間だからこそなのだ」と言い聞かせた。 こんな風に想い起こして行くとたくさんのメンバーの顔が次々に浮かぶけれど、ここでは前田に触れるだけにしておくね。
無邪気でいたいのに孤独で、だからこそ美しく強い部分を今でも君は、しっかりと秘めているのだと信じている。
ソロになって、また大変なこともやって来るだろう。 でも君なら大丈夫、選ばれた人間だからこそだと分かっているもんね(^^)
ファンの皆さん、これからも前田敦子の応援、よろしく頼んだョ!

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